どんな喧騒の中でも貴方の声を見つけられる
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『おはようございます』
『おはようございます』
『今日の業務について昨日の進捗状況も含めてスケジュール帳に記載してください』
『承知いたしました』
『今日の業務内容を拝見いたしました。〇〇への連絡業務が抜けていませんでしょうか』
『失礼いたしました。そちらの作業も実施いたします』
『よろしくおねがいいたします』
『お昼の時間ですね。竹内さんは今日のお昼はどうされますか』
『お昼は家から持って参りましたので、席で摂ることにいたします』
『そうですか。僕たちは外へランチに行きますので失礼いたしますね』
僕は同僚たちが連れ立ってランチに行くのを見送ると、午前中の作業で凝り固まった肩をほぐすように大きくぐるりと回す。立ち上がって給湯室まで行き、ウォーターサーバーからカップ二杯分の水を電動ポットに汲み、スイッチを入れる。給湯室の天袋に置いている私物のティーポットと、マグカップに給湯栓からお湯を注ぐころ、城田が給湯室にやって来る。
「おつかれ」
「おつかれ」
「竹内、今日の紅茶は何?」
「ニルギリのセカンドフラッシュ」
「へえ」
城田が自分のマグカップに給湯栓からお湯を汲み、カップを温める。お茶をいれるのは給湯栓から汲んだお湯は使いたくないが、カップやティーポットを温めるくらいはビル内に張り巡らされている給湯栓からのお湯で充分だ。これは、城田と僕の暗黙の了解。城田が冷蔵庫から二つの包みを取り出す。
「城田、今日のサンドイッチの中身は何?」
「ツナマヨと玉子。玉子は焼いたやつね」
「へえ。美味そう」
城田の作るツナマヨには細かく刻んだ玉ねぎが入っているし、玉子焼きは城田特製ブレンドのハーブソルトで味付けされているはずだ。どちらも僕が絶賛したサンドイッチだ。サンドイッチにはフレーバーのない紅茶が合うと思っている僕は、今日の紅茶にぴったりだなとほくそ笑む。
「そういえばさ、〇〇会社から出向に来ている江藤さん。今月いっぱいで契約終了だって」
「へえそうなんだ」
「送別会、する?」
「こんな時期だから、なしなんじゃないか?」
「そうだな。ちょっと寂しいな」
給湯室の隣にある談話室で、僕と城田はとりとめのない話をしながらランチをとる。
◇◇◇
あれは半年ほど前の事だった。突然僕の耳の聞こえがおかしくなってしまったのだ。音は聞こえるのだけれど、それが意味のあるものであるという認識が出来ない。あまりのことに、僕は動揺した。近所の耳鼻科に始まり、大きな大学病院まで。検査につぐ検査。耳鼻科にあきたらず、精神科も受診した。しかし、結局原因はわからない。幸い、僕の仕事は黙々と作業をすればよい仕事なので、同僚とのやりとりは社内のメッセージアプリを使ってやり取りするだけで問題なく仕事が出来ている。もちろん、周囲の方々にはご迷惑をかけてはいるので、感謝はしているが。
仕事のやり取りはメッセージアプリで問題ない。問題ないのだが、普段の何気ない会話が出来ない。わざわざプライベートな会話をメッセージアプリでやりとりするのはさすがに申し訳ない。僕は病気のこともあるし、孤独感に苛まれていった。
ランチは他の人との会話に参加できないため、一人で食べることが多くなった。一応同僚たちは気をきかせて誘ってくれる。本当にいい人達だ。でも僕は自分の殻にどんどん閉じこもっていってしまった。
トントン
僕が一人でランチをとっていると、隣の課の城田が僕の肩を叩いた。酷く大げさな動きでひとつひとつ言葉を切るように、僕の目をまっすぐ見て話す。
「耳が聞こえないんだって?」
びっくりした。意味がわかる。久々に人間の意志が直接わかる様子にびっくりして、そして戸惑った。
「わからないかな。ちょっと工夫してみたけれど」
「いや、わかる。わかることに戸惑っている」
「うん。俺、大学の時ボランティアサークルにいて、ろうあ学校にも行っていたんだ」
「へえ」
「サークルで手話も習ったから、もし竹内が手話を習いたいなら教えようか」
手話か。このまま聞こえがおかしいままなら、意志を伝える方法のバラエティを揃えておくほうがいいかもしれない。僕は城田から手話を習うことにした。
◇◇◇
「へえ、竹内の家、TDLのそばなんだね」
「うん。僕の部屋からTDLの花火が見られるんだ」
「へえ!いいね。夜が賑やかだね」
「ふふふ。いいでしょう」
「今度見に行ってもいい?」
「え?」
談話室の中では他の同僚達が各々のランチをとりながら喋っている。その意味は僕にはよくわからないけれど、城田の言葉だけは、その手の動きだけはどんな遠くにいてもわかる。
──どんな喧騒の中でも貴方の声を見つけられる。
僕は頬を赤らめながら「うん。いいよ」と答えた。
おしまい
城田×竹内が王道だよね
この後、仲が深まるわけですが、ランチの会話なんかも変わってきます
「城田、ほっぺにパンくずついてるよ。他に人がいなければ舐めてとってあげるのに」
「あはは。それは残念。さすがに舐めて取るのはヤバいよね」
「ふふ。そうだね」
「ところで、先日切らしてしまったローション、買い足しておいたよ」
「一晩で使い切るとか、笑ったよね」
「風呂場で風俗ごっこしようなんて言ったの、竹内じゃないか」
「あはは、そうだった。そうだった。僕のせいだった」
他の人にキワどい話をしていてもわからないからと、手話で話すわけです。でも案外ちょっと手話をかじっているひとがいたりなんかして、こっそり二人の会話を見てしまって愕然とする当て馬ポジもいるとかいないとか。
そんなお話('ω')ノ