バームクーヘンとイチゴチョコ

2021年04月16日

 白い大きな紙袋をどさりとソファーの上に置いた。

 つるりとした表面に丈夫な持ち手。少々重たいものが入っていても問題がないように作られている。それはそうだろう。この荷物が万一落ちて散らばりでもしたら、縁起が悪いことこの上ない。

 しかし、最近の傾向としては、これほど大きな荷物を持たせない傾向なのではないだろうか。この荷物──引き出物を選んだのは「新婦」なのだという。正確には新「婦」ではないのだろう。今日の華燭の典の主役は男同士の夫夫だ。

 俺とあいつが知り合ったのは高校の頃だった。
 どちらかと言えば貧しい部類の家庭に育った俺は、学校に通う傍らバイトに明け暮れていた。一応その地域で一番の進学校だったので、 「バイトは禁止」 なんていう前時代的な校則があったりしたのだが、貧しい我が家は昼飯代でさえ遠慮がちに親から出してもらっていたくらいなので、友人と食べるアイス代もままならない状況だった。高校生とはいえ、つきあいというものもある。背に腹は代えられない俺としては、こっそりとバイトをしていた。まあ、事情を知る担任は見て見ぬフリをしてくれていたのだが。
 朝から晩までバイトに明け暮れていたので、俺は万年睡眠不足だった。塾にも行けないから、しっかり授業を受けないとたちまちついていけなくなるが、昼下がりの教室ほど眠気を誘う場所はない。しかも古文の五十嵐じいさんは眠くなるような優しい声で話す。俺は眠りたくもないのに、まぶたが言うことを聞いてくれなくて、こくり、こくりと船を漕ぐ。

「竹内、竹内ってば」
「んあ」
「寝ちゃってるよ。大丈夫か?」
「ん。ありがとうごめん」
「これでも食って気を紛らわせろよ」

 差し出されたのは、山の形をした下半分が茶色、上半分がイチゴのよくあるチョコだった。

「これなら口の中で溶けるから。ガムみたいに出さなくてもいいだろ」
「なるほど。ありがとう」

 チョコを差し出したのは、木下というクラス委員もしている成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能な天から何物も与えられたような男だった。

 イチゴのチョコを教師の目を盗み口に放り込む。苺の甘い味が口の中に広がる。確かに何か口にしている間は目が冴える。木下は気が回るなと感心しながら、その日の授業を終えた。

◇◇◇

 それからも木下は事あるごとに俺に菓子をくれた。決まってイチゴのチョコだ。なんでイチゴのチョコなのか不思議だったので、聞いてみた。

「ああ、それ?パチンコの景品」
「へ?いいのか?優等生がそんなところに行っても」
「よくはないだろうけど、兄貴が連れていってくれるからさ。なにげにコマ先ともパチ友だぞ」

 コマ先とは俺達の担任だ。俺たちの担任は俺のバイトも目を瞑ってくれているし、うちの学校の規律は色々ザルだな。

「だから、イチゴのチョコに意味はない。元手は兄貴からもらっているし、気にせずもらっとけよ」
「そうか、有難くもらっておくよ」
「そうだな。どうしても気になるなら、身体で払ってもらってもいいよ」
「身体?重たい荷物でも運ぶのか?」
「違う。違う。ここ、口。いや、ほっぺでもいいからキスしてくれよ」
「はあ?冗談だろ」
「あっははは。もちろん冗談だよ」

 ああ、びっくりした。なんで俺がおまえにキスするんだよ。おかしなやつだなと、その時は思った、しかし、なんとなくそんなことを言われた後は意識してしまうというか、なんというか。俺は目の端で木下のことを追ってしまうようになった。

「木下くーん。帰ろ?」

 ある時、廊下から鈴の音のように涼やかで可愛らしい声で木下を呼ぶ声がした。そちらを見ると3組の、学年で一番美人との呼び声が高い女子が手を振って笑っている。木下も「おう」なんて言って荷物を纏めて女子に歩み寄る。

「くぁー。やっぱりかー!木下のやつうまいことやりやがったな」

 クラスの男どもが口々に怨嗟の声をあげる。なんでも先週木下が告られて二人が付き合いだしたという話だった。
 なんだ。あいつ、あんなこと言っておいて女の子と付き合うんじゃねえか。
 俺の淡い思いが溶けていった。

◇◇◇

 白い紙袋を覗く。一番上には小さな花束。
 花束なんてどうせ飾らないからいらないと言ったのだが、近くに居た和装のご婦人に「縁起物だから」と無理やり袋に入れられた。その下にはいくつもの箱が入っていた。

 一つの箱を空ける。

 バウムクーヘンが入っていた。
 バウムクーヘンはよく結婚式の引き出物にもらうけれど、これって何層にもなっていて、「重ねる」ことが禁忌な結婚式の引き出物としてふさわしいのだろうか。
 平たく輪切りになったバウムクーヘンをいくつかに割り、層になっているのを一枚一枚はがして食べる。
 今日の結婚式は、タキシード姿の二人が微笑み合っていたな。
 なんだあいつ、やっぱり男でもいいんじゃねえか。
 あのときキスをしていれば、あの隣にいたのは俺だったのか?
 あいつの結婚もバウムクーヘンみたいに「重ね」ればいいんじゃねえ?

 おかしな呪詛の心が育つ前に、このバウムクーヘンを食べつくすことにした。 

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